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その考えも人によって違うよ

人によって違うという言葉

件名:ささやかなお言葉 宛先:赤いさくらんぼのコンポート (7年/11/09 PMM3:35)

前にお話しした測量学のテストは、想像よりはるかに簡単でした。
   「人によって違う」と、よくいうときがあります。これについては、大抵、趣味嗜好や思想をさすことで    主に、「その回答には正解がない」と同意義で使われる言葉です。自分を含める多くの人々は、この言葉が    言語中枢の最初のほうにあると思われます。このような概念は、多くのサーカムスタンスでみられるものの、 本当に人によって違うかは疑問です。自分の考えから先に話すと、「人によって違う」は「育った環境や両親の遺伝子、 今までの長い人生空間の反射と結合で、いわゆる初期値鋭敏性(sensitivity to initial conditions) で現在の私、そして他人の思考と思想があり、また長期予測不能性(long-term unpredictability)でこれからもカオス力学的 変化を遂げることが先見されていく。その過程に対して、完全な自然乱数と比較した場合ほとんどの項目において著しい二者間の相関性や 傾向性は見られるものの、それについてはもう十分に議論しつくした。これ以降は完全な自然乱数とは言えないが、関係変数があまりにも多くて 思考するには二つの相殺する傾向性を状況、属性ごとに細かく分類していかないと体系化に近づかない。よって、人によって違う」というようなことの 裏返しだと思いました。これを文字通り「生まれつき人間の思想は変わらず、これからも変化しない人間の集合が統計としている」と考えると 過誤が生じるわけです。また、人によって違う。と言い切る前に、これ以上簡単に提示できる傾向性や考察はないかと考えることも大事です。 まだ議論できる余地があるなら、もったいないですからね。でも、億劫になってきたら、こう言ってコーヒーでも差し出しましょう。
人によって違う。と。本当に違いますからね。